サイモンが来た ~Toshiのニッポン案内記~
添乗員は79歳
成田空港。オーストラリア人がトランクを載せたカートを押しながら私のプラカードを目がけて次々やってくる。しばらくするとリュックサックを背負ったオールドボーイが現れた。
サイモンだ。あいかわらず笑顔がとても可愛い。昨年よりもまた少し背中がまるくなったような気がする。
「ハロー、また一つ年をとりましたね。」
と歓迎の挨拶をした。
「ワシは49歳だ。毎年1つずつ若くなるんだ!」
「あなたが倒れたら私がめんどう見るから安心してね。」
まわりでうひゃうひゃ笑っている御一行様もそうとうなご年輩だ。
サイモンは今年79歳になる。毎年桜の花が咲く頃に「サイモンと行くジャパンツアー」20名様を率いて日本にやってくる。東京、箱根、高山、金沢、京都、倉敷から四国をまわって九州に渡り、阿蘇、天草諸島、長崎まで18日間のツアーだ。疲れる。

サイモンは1960年代に日本やフィリピンでコンサルタント会社の社員として働いていたそうで、今はカルチャーセンターで日本事情の講座を受け持っている。でも私は彼の生徒さんを見たことがない。
日本の歴史も神話もよくご存知だ。ほほーっと感心して聞いているととんでもないことも言い出す。
「日本の女性は決して男に反抗することはなく、従順なのに賢い。Toshi(私?)は別として。日本の家庭ではキッチンに男が入ることはない。」
ウッソーツケー!!!
バスの中でサイモン先生の日本語講座がはじまる。
「オハヨーゴザイマス Good Morning!ゴザイマスは丁寧に言うときです。アリガトーゴザイマス。コンニチハゴザイマス、コバンハゴザイマス。」
私は先生に向かって「うそ!」なんて言えない。「この40年で日本は生活も言葉もだいぶ変わりました。現代の日本ではコバンハではなくコンバンハと言います。ゴザイマスはつけなくてもいいのです。」
サイモンが歩く
サイモンはよく歩く。背中を丸めてせっせと歩く。ガンジーみたいだ。
レストランまで10分歩くと言えば、アメリカ人のグループなら「どうしてタクシーで行かないのか」という人が2,3人いる。オーストラリア人は誰も文句を言わない。
79歳のサイモンが「当然歩く」と言えば若い(といってもほとんどは65歳以上だが)お客様は黙って歩くしかない。
晴れれば「とても気持ちのいい散歩だ」と言って歩き、雨が降れば「我々の国は旱魃なのに、ありがたい雨だ」と言って歩く。
今回は84歳の女性もいらっしゃった。皺があってもおばあさんらしくない。若者たち(といっても65歳以上だが)の会話に積極的に入ってくる。
「腰の手術してからあまり歩けないの。」と言いながら杖を持って大股でせっせと歩く。女ガンジーだ。
マイペースで歩くご夫婦がいた。奥さんは両膝を手術してからしばらく外出もできなかったけど、毎日一時間二人で歩いて鍛えたそうだ。そして日本まで来ることができたのだとおっしゃる。
ガイドの私は追い越されないようにせっせと歩く。
時々歩くペースが速すぎるというクレームが飛んでくるが、私としては後ろから追い立てられるので歩かされているのだ。ガイドの前を歩きたがる人が5名いらっしゃる。私は追いつくのに必死なのだ。
サイモンが立つ
京都で地下鉄に乗った。日本人が席を譲ってくれた。サイモンは「ダイジョーブデス、ドーゾ、ドーゾ」と言って座ろうとしない。頑固爺。
サイモンが立っていると私も座っていられない。だいたいアメリカ人もオーストラリア人も男性は電車でずっと立っていらっしゃる。男の見栄なのか。
電車を下りたらずっと歩くから今座って休憩しておいてください、と叫んでも、だいじょうぶだと主張する。
今はそんなことを言っているが、観光中に疲れてくると突然「いつまで歩かせるんだぁ。」と怒鳴るから困るのだ。頼むからおとなしく座ってエネルギーを補給してくれ!
サイモンが食べる
18日間のツアーで夕食がついているのは数回で、昼食は全くついていない。オーストラリア人はたいてい昼食をあまり召し上がらず、サイモンのランチはアイスクリームかりんご1個だ。
夕食のついてないときは安くておいしいものを見つけてあげなければいけない。京都ではお好み焼き、京都駅前アバンティ地下の「千房」か先斗町の「やすべえ」。日本のビーフがどんなものか一度は食べていただきたいが、ステーキ一人一万円というとなかなか行く人はいない。
食事にかける情熱と意欲は日本人のほうが格段に高い。ぼろぼろの家に住んでいても「いいもの」「おいしいもの」「珍味」にお金をかける。
サイモンにビールを飲みに行きましょうと声をかけると喜んでついてくるが、ほんの2,3品注文しただけで、もうおなかがいっぱいだと言う。私はいつもおなかがすいている。極度に小食の人や過食の人とお食事を楽しむのは難しい。
熊本ではサイモンと散歩しながらいいお店を見つけた。日航ホテルの裏通りを5分ほど歩いたところ上乃裏通りの「YOKOBACHI」。居酒屋風なのに中庭の雰囲気がよくて2000円ぐらいで足りる。
2000円程度で満足できるお店を探しています。
(おすすめの食堂、居酒屋、レストランを見つけたお知らせください。)
サイモンが止まる
東京の観光ではいつも六義園を訪れる。巣鴨の近くにある大名庭園だ。入口にある有名なシダレザクラはほとんど散っていた。池のそばの桜を見上げてサイモンが止まった。「これはきれいだ!」
あら毎年同じくらいきれいだわよ。
「今年は格別にきれいだ!」
桜の木の下で見上げるおじいさんの顔はまるで少年だ。他の人達も木の下に群がってくる。そよと風が吹くと花びらが顔にふりかかる。そこでわいわい歓声があがる。

サイモンが池の淵で立ち止まった。
「すごい、これはきれいなカープだ!」
あら、そんな鯉毎年見てるじゃない。
「ほんとだ、ほんとだ。赤と黄色が混じってる。」
「大きな口だね。」
またみんなが集まってきてはしゃぐ。70歳のオトナ達だが幼稚園の遠足みたいだ。
英語で俳句を作る人。スケッチする人。ひたすらシャッターを切る人。
一人の感動はみんなに伝染する。一々感動していたら今日の観光は終わらないのですが・・・
若さの秘訣は感動する脳だった
「感動することをやめた人は、生きていないのと同じことである」とアインシュタインはいったそうな。
茂木健一郎の「感動する脳」を読んでいたらそんなことが書いてあった。
一人だと写真を一枚撮って通り過ぎる景色でも、10人で見ると「すごい、すごい」を連発し脳裏にしっかり焼きつく。
サイモンは毎年同じ季節に同じコースを旅行しているわけだが、毎回再発見をして感動している。だから彼のグループみんなが一緒に感動するわけだ。
記憶力は減退してもサイモンの脳はとても若い。
待てよ。サイモンは昨年見た桜も鯉も覚えていないのかもしれないぞ。だから毎年「感動」するのかもしれない。
まあ、いい。
私はいつも元気なロージンに刺激されて仕事を続けている。くたびれた若者といるよりもずっと刺激的だ。私は79歳になっても添乗できるだろうか。サイモンに負けられないわ。
関西空港。
「今年も実にいいツアーだった。来年のことはまたメールするよ。」と言ってサイモンが出国に向かう。
「来年も生きてたら一緒にツアーしようねー。」
「ワシは来年48歳だ!」
