Vol. 1 愛すべきヘンなお客様
愛すべきヘンなお客様
ツアーをしていると普段の当たり前の生活では絶対会えないようなヘンな人に出くわすことがある。
ヘンというのは変わっている、個性的という意味で、さらに可笑しいという意味もある。
でも決して嫌いということはないのである。むしろもう一度一緒に旅行したいと思っている。
もしどこかのツアーで心当たりのある方がいたら是非「Toshiが会いたがっている。一緒に旅行したいです」と伝言をお願いします。
いとしのメリーベルさん
モロッコへ行くためにアムステルダムで乗り継いだ。カサブランカ行きの便が出るまでに5時間もあるので電車に乗って町へ行こうということになった。
もうすぐ東京のお客様が到着しますから一緒に行きましょう。
成田便の到着するゲートにお迎えに行った。関西から一人参加のSさんは東京からの方と相部屋になる。どんな方でしょうか。少し不安そうだった。
成田からの飛行機が到着すると日本人が束になって出てきた。A社のバッジをつけた人達も出てきた。大きな薄汚いクマの人形を抱きかかえて出てくる女性がいた。
子供連れのお母さんかもしれない。その女性は私のところに来て、Hですと挨拶した。
私のグループに子連れのお客様はいないはずだ。Hさんは一人参加でモロッコ行きのツアーのお客様であった。私のグループの方だった。
何かヘン。
30代半ばぐらいの大人の女性が丈50cmもありそうな大きなクマを抱いている姿はやっぱりヘン。
しかもモロッコに行くというのに彼女の姿はカシミアのロングコートで、ハイヒール、ブランドのショルダーバッグを提げている。上品な顔立ちのきれいな方だった。
それと反比例してクマのぬいぐるみはベージュ色がすすけてうす汚かった。
「アムステルダムの市内に出ますがこんなきれいな格好していては危ないです。」他の方は歩ける体制だが、彼女一人がパリかイタリアにお出かけの雰囲気だった。
「ショルダーバッグはたすき掛けにしてください。そんなお人形持っていて油断してはいけませんよ。」
「彼女はメリーベルと言います。よろちくー。」
Hさんはクマの頭を下げさせた。
とにかくアムステルダムの市内で散歩して、カサブランカ行きの飛行機に乗った。
Hさんのお連れ様のクマ、いやメリーベルさんは隣の空席に座っていらっしゃった。機内食はサービスされない。
Sさんの顔色がさえない。
「私、私、今から個室料金お払いして一人部屋をとれないでしょうか。」
「お気持ちはよくわかります。お察しします。しかし今晩だけがまんしてください。明日からのホテルは連絡してみますから。」
カサブランカの入国審査で係員がじっとクマを見た。そして笑った。Hさんもメリーベルさんの手をとってバイバイをした。
今回のグループは40名もいる。
「Hさん、今回はバスも満席でメリーベルさんのために一席とるわけにはいきません。申し訳ありませんがメリーベルさんには最後部のお荷物の上にすわっていただくわけにはいきませんか。」
「いいえ、メリーベルはいつも私の膝の上ですからご心配なく。他の方にはご迷惑かけませんわ。」
「はー」
翌朝Sさんは晴れ晴れとしたお顔だった。
「私、Hさんと同室でだいじょうぶです。彼女はいい方です。」
ちょっとだけ安心。メリーベルは朝食レストランにもご同席されていた。カサブランカの観光中もHさんにだっこされていた。
マラケシュの旧市内でもHさんはカシミアのコートをきてハイヒールを履きブランドのショルダーバッグを提げてメリーベルを抱っこして歩いた。
モロッコ人が振り向いていく。子供が覗き込む。レストランの女性達がどっと笑う。そしてメリーベルの頭を撫でる。
「スリに注意してくださーい。」
私は無防備なHさんが心配でたまらん。
心配無用だった。彼女の歩く周囲1mは不思議な空間ができる。町の人たちが一瞬退く。そして大人も子供も集まってくる。
汚いクマだがよく見ると顔はかわいい。無心に相手を見ているようだ。
レストランでは給仕達があわててメリーベル専用の椅子を用意してHさんの隣においた。
我々の行くところ誰もが愛想いいのである。ひぁひぁひぁと馬鹿にしたような笑いが聞こえるがその後はメリーベルの頭をコンコンとつついたり、撫でたり。どこへ行っても人気者なのである。
毎日メリーベルと一緒にいると私も他のお客様達もメリーベルのつぶらな瞳がいとおしくなってきた。
そのうちにお客様たちが自ら「メリーベルの席はここだよ」と椅子を調達してくるようになった。
「メリーベルもずっと膝の上だと疲れるだろう。僕の席と変わりますよ。Hさんあなたメリーベルのお隣に座んなさい。」とたまたま隣が空席だったおじさんが申し出た。
トイレの前では順番にメリーベルを抱っこして預かった。
Sさんの証言によるとHさんは毎晩ホテルで寝る前にメリーベルにもパジャマに着替えさせ、朝はちゃんとお洋服を着せるらしい。
そんなことを聞いても何も驚かなくなっていた。
グループの中のおじさんが当然の顔してメリーベルを抱っこしている姿はかわいい。
メリーベルのおかげで我々はどこへ行っても歓迎を受けた。フェズに町では物売りや呼び込みのお兄さんがうるさいのだが、メリーベルが出てくると立ちすくんでしまいそれ以上我々に近づかなかった。
最後に撮った全員写真にはメリーベルも一緒に入っている。メリーベルが一緒でも何も感じなくなった我々全員がヘンなグループだと思われていたかもしれない。
でもこの薄汚いクマの人形が、いやメリーベルさんがモロッコツアーのグループをとてもいい雰囲気にしてくださった。
今年は戌年。部長さんもたまに気分を変えて大きな犬のぬいぐるみを抱えて出社するのがいかがでしょうか。
新しい企画が生まれるかもしれません。昨日と同じ生活からの脱出、それが旅です。
2006/01/01記
