Vol. 1 「イサム・ノグチ―宿命の越境者」(上・下)
「イサム・ノグチ―宿命の越境者」(上・下)ドウス昌代著 晶文社
イサム・ノグチの生い立ちについてはインターネットでも調べることができる。
1904年英文学者野口米次郎と作家レオニー・ギルモアとの間にロサンゼルスに生まれる。
1907年母親とともに日本に移住する。
しかしこの3年間の中にたくさんの話が詰まっているのだ。日本人の父親とアメリカ人の母親の関係から語らなければイサムの歴史は始まらない。天才の作り方、生まれ方が非常に興味深い。
母親レオニーに感銘する。アメリカ人でもなく日本人でもない坊やが生きていくためには芸術家という道しかないと決断したのは母親。子供の頃から彼女は息子に日本庭園を連れまわし、大工に弟子入りさせ、自分の家の設計を手伝わせた。この母親でないと天才は育たなかったのである。
後にアメリカ人でもあり日本人でもある彫刻家になった。有名な「あかり」をデザインした工業デザイナーであり、モエレ公園を設計した建築家であり、衣装デザインも手がける。レオナルド・ダ・ビンチのようなオールマイティ芸術家になった。
国際結婚するとできのよい子が生まれる。容姿端麗な子が生まれる。彼はその証明だ。
イサム・ノグチは札幌市の「モエレ沼公園」のマスタープランを完成した直後、1988年12月30日ニューヨークで亡くなった。
地球に彫刻した男、孤高のアーティスト、イサム・ノグチ。生まれる前から死んだ後まで波乱万丈な忙しい方なのである。ぐんぐん読めるが、おお疲れた。
モエレ沼公園には是非行ったみたい。行きます。
